早稲田神社

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早稲田神社について・日本のしきたり / 2019.07.08 更新
7月(文月)七夕やお中元などしきたりをご紹介

早いもので、7月が始まり1週間が経ちました。
昨日の七夕では快晴だった為、織姫と彦星も逢瀬を楽しんだことでしょう。みなさまも、短冊にお願い事などお書きになられましたか?

早稲田神社では昨日恒例のふれあい市を無事開催させて頂きました。暑い日中ではありましたが大きな事故等もなく、みなさまのご協力のおかげで多くの方が来場され楽しんで頂けました。
重ねて御礼申し上げます。

さて、本日の早稲田神社通信では、7月のしきたりについてご紹介させて頂きます。

7月の旧暦での呼び名

7月は旧暦の呼び方では文月(ふみつき)と呼ばれます。
これは七夕の折に短冊などに詩歌をしたため、書の上達を祈った儀式から文月、文被月(ふみひらづき)と呼ばれるようになったと言われています。

また、この時期には稲穂が育ち穂が付き始める時期であったことから穂含月(ほふみづき)とも呼ばれており、その音が残って上記の説と混じり文月になったともいわれております。

他にも精霊月(しょうろうづき)や棚機月(たなはたづき)。
七夜月(しちやづき)など風情ある旧暦の呼び方がございます。

7月のしきたりの紹介

1日海・山開き 
海開きはよくみなさま聞かれたことがあるかと思います。
ですが、古来は山に関しても夏の間だけ一般の人も神聖な山に
入ることが許される山開きも執り行われていました。

2日頃 雑節 半夏生(はんげしょう)
夏至から数えて10日目。この時期に降る雨は大雨になることが多く、昔はこの日までに田植えを終えていないと収穫が半分になるともいわれていました。
また、「天から毒が降る」という言い伝えもあり、井戸へ蓋をしたり山菜を摘むことを控えたりといったことをしていたそうです。

7日 七夕
現在の七夕は星伝説と宮中の祭祀などさまざまな風習が混ざり、今の形となっています。

13日~16日頃 お盆
現在は8月中旬が主流ですが、関東や東北の一部では7月のこの時期にお盆を行う風習が残っています。

20日頃 土用入り(夏の土用 立秋までの18日間)
うなぎを食べて精を付ける日として現在は浸透しています。
古来より、この時期はのぼせや貧血といった症状が出やすく、暑さで体力を失い病気となる人も多かった為、健康に気を付ける必要があると言われています。

23日頃 二十四季節・大暑
暦上、最も暑くなる時期と言われています。
鬼の霍乱と古来言われていた、日射病や食中毒などに注意しましょう。

お中元とは古代中国の風習が日本に根付いたもの

7月には暑中お見舞い、お中元、花火や七夕など色々な行事があります。ですが、これらが先祖や亡くなった方に対する供養としての行事だとはあまり知られていません。

お中元は元々古代中国で1月15日を上元、7月15日を中元、10月15日を下元として神に捧げ物をする行事が日本のお盆の行事と合わさったとされています。お世話になった人や親戚、先祖への供養の意味も込めて贈り物を行う習慣となりました。

夏の風物詩の花火も、先祖供養の送り火の意味が込められています。

織姫や彦星伝説が有名だが、七夕は禊の行事を行う日だった

七夕は織姫と彦星の伝説が主流として広まっていますが、お盆を迎える前に梅雨の穢れを祓う為の儀式を行う時期という意味もあります。
古くは七夕に牛馬を水浴びさせる、女性が水辺で髪を洗う、道具類を洗う、井戸の底をさらうと言った禊を行う風習がありました。

機織りなどをしていた織姫と牛飼いの彦星が七夕の時に天の川で出会えるというのも、禊の風習があったからこそかもしれませんね。
現実的な側面で見ると、この禊は多湿による黴菌の繁殖を防ぐという衛生的な面から行われていた生活の知恵としての面もあったようです。

まとめ

本日は7月のしきたりに関してご紹介いたしました。
文月と呼ばれる理由や、7月1か月間の行事。
そして、それらの行事の殆どが先祖供養の為のものだったことは
あまり知られていません。
お中元に関して古代中国の風習だったというのは豆知識としてちょっと人に自慢できるかもしれませんね。

昨日が七夕だったことですし、七夕が実は禊の行事としての側面もあったことなど、お子様などにぜひお話するのに役立てば幸いです。

早稲田神社では7月の行事として30日の夏越祭がございます。
先日ご紹介したように茅の輪をくぐって、半年間の厄を落とす行事となっておりますので、ぜひ皆様でご参拝なさってください。